50代男性がオンラインに集う『こだわり酒場ファン倶楽部』。昭和から続く“お酒の場の楽しさ”がそこにはあった


ファンマーケティング、D2Cなど言葉はさまざまだが、いま顧客と直接つながろうとする企業が増えている。この連載では、コミュニティをはじめとするPRM(パートナー・リレーションシップ・マネジメント)を実践するパートナー企業への連続インタビューにより、「なぜ直接つながる必要があるのか」「それに伴い企業は何を改める必要があるのか」を明らかにする。インタビュアーは花王で長らくブランドマーケティングに携わってきた弊社エグゼクティブ アドバイザーの石井 龍夫が務める。
※インタビュー内容および所属は取材当時のものです。

サントリーが運営する『こだわり酒場ファン倶楽部』は、「こだわり酒場のレモンサワー」や「こだわり酒場のタコハイ」など、テレビCMでもお馴染みのサントリー「こだわり酒場」シリーズの商品を愛する人々が集まるオンラインコミュニティです。

居酒屋風のサイトデザインが特徴的で、「大将」「女将」「レモ吉」といった居酒屋店員ふうのキャラクターが情報紹介やコメントフォローを通じてコミュニケーションを盛り上げています。

会社やカテゴリ単位ではなくブランドのコミュニティであること、会員のボリュームゾーンが50代男性であることなど、イーライフが支援するコミュニティとしては異色の存在と言えます。
RTD(「Ready to Drink」の略語で、そのまますぐ飲める缶チューハイや缶カクテル、ハイボール缶などのアルコール飲料)というコモディティ商品をブランドとして確立するために、コミュニティをどのように設計しているのでしょうか。また、CMを使ったマスコミュニケーションとの関係は——。同ブランドの責任者である同社RTD部の周 亨柱さんと、コミュニティ運営担当の石光 真理さんに聞きました。

読了時間:約5分
目次
「レモンサワーはどれも一緒」からいかに脱却するか

——まずはコミュニティ立ち上げの経緯から教えてください。

【周】「こだわり酒場」シリーズは2018年にソーダ割専用リキュール「こだわり酒場のレモンサワーの素」、翌2019年に缶入りチューハイ「こだわり酒場のレモンサワー」を発売したところからスタートしました。当時はお店で出されるレモンサワーも玉石混交といった状態で、「定番ど真ん中のレモンサワーを作りたい」というのが立ち上げ時のブランドの思想でした。

サントリー株式会社 ビール・RTD本部 RTD部 周 亨柱氏

その後、レモンサワーがブームとなり、各社がこぞって商品を発売したことで、ピーク時には50種類を超えるブランドがお店に並びました。しかし一般的には「レモンサワーなんてどれも一緒でしょ」というのが当時のお客さま側の受け止め方だったように思います。

我々の商品はブームの火付け役という立場だったことから、その時点での売上規模や認知度は高い方でしたが、将来を考えるとどうにかして差別化しなければならないという危機感がありました。こうした状況の中、2021年に立ち上げたのがこのコミュニティです。

SNSなどで「こだわり酒場のレモンサワー」についての声を探しても、多くの人が“レモンサワー”という一般的なカテゴリ名で投稿しており、商品名まで明記しているケースが少なく、ブランドに対する意見を拾うのが難しいという事情もありました。ですから、リアルなお客さまとの接点を作りたいという動機も大きかったと思います。

——お客さまに「他のレモンサワーとは違う」と理解してもらうための場であり、「こだわり酒場のレモンサワー」を好んで飲んでいるお客さまがどんな方々なのかを知るための場でもあったということですね。

【周】その通りです。また、ブランド名に「酒場」とあるように、我々は飲食店のワイワイとした楽しい雰囲気を大切にしています。機能としては他のレモンサワーと同じでも、その先で「お酒を通じて人とつながる楽しさ」を表現したい。そうしたコンセプトとの親和性の高さも、コミュニティを作る一つのきっかけになりました。

「こだわり酒場のレモンサワー」以外にも「タコハイ」や「お茶サワー〜伊右衛門〜」など、シリーズ展開を広げている(2025年4月時点)

仕込みを疑うくらいの「理想のお客さま」

——現場担当者の石光さんとしては、コミュニティをどのような場所と捉えていますか?

【石光】『こだわり酒場ファン倶楽部』には「こだわり酒場」をすでに好きな人たち、すなわちファンの方々が集まってくれています。ブランド側からすると、こうしたファンの方々が自ら投稿したり、あるいは他のファンの方々と交流したりすることを通じてブランドへの愛着をさらに深め、コアファンになってもらう場所としてここがあると思っています。その先で実生活においてもその熱を周囲に広げていってもらえるのが理想です。

サントリー株式会社 ビール・RTD本部 RTD部 石光 真理氏

——実際にそうした波及効果を感じているところがありますか?

【石光】ありがたいことに、中にはこちらから一切お願いしていないのにオリジナルグッズを着て職場へ行ったり、新商品が出るたびに周りに宣伝してくれたりする「名物ユーザー」がいるんです。我々としても「なんでそこまでしてくれるの?」と思うくらいのことを自ら買って出てくれていて。そういう方の周りにはどんどんファンが増え、波及しているのを感じます。

——自発的にそこまでのことを。ブランドからすると理想的なファンですね。

【周】「こだわり酒場」には「ご機嫌晩酌」という大切にしているコンセプトがあります。我々の商品を飲んだ方にはどんな時でも飲む前よりご機嫌になってもらいたい。商品を作る上でもプロモーションする上でも常にそのことを念頭に置いています。しかしこれはあくまで内側のコンセプト。あまり表立っては言っていないんです。

にもかかわらず、このコミュニティには「この人だいぶご機嫌晩酌な人だな」という方々がいらっしゃる。1年前に担当になり、初めて見た時には「これ、仕込みじゃないの?」と疑ったくらい。僕たちのやりたいこと・伝えたいことをこんなにも体現してくれる人たちがいるのかと驚きました。そういうリアルなペルソナが見えるのがコミュニティなのだとすると、これはすごい仕組みだなと思いました。

コミュニティの熱をCMを通じて外へ

——コミュニティの担当者としては手応えを感じていらっしゃるのが伝わってきましたが、売上などの目に見える成果を会社から求められることはないのでしょうか?

【周】もちろんないことはないです。毎年予算を作るタイミングなどには費用対効果のような話は当然出てきます。ただ、弊社にはもともと「あまり数値化されたものだけで見るとつまらないものになってしまう」という価値観があります。コミュニティというのはこれ単体で売上につなげることはできないものだと思っていますが、会社としてそういう考えを理解し、応援してくれているところはあるかもしれません。

【石光】年に一回定量アンケート調査を行い、属性や購買頻度などを聞き、経年で変化を見たりはしています。けれども、コミュニティ内のユーザーさんの振る舞いから伝わってくるのは、そうした調査から見えるのとは一線を画する熱量です。

私は入社3年目で、まだまだ勉強中の身ではありますが、マーケティングとは「お客さまの頭の中をブランドで占めてもらうこと」だと理解しています。

そうだとすると、コミュニティの中で毎日投稿しているような人、すなわちブランドを一番好きでいてくれているお客さまの頭の中を覗かせてもらうことが、ブランド担当者として一番意味のあること。それはなかなか数値化できるものではないと思っています。

——一方で「こだわり酒場」はテレビCMなどのマスマーケティングも行っていますよね。コミュニティとCMの関係についてはどのように考えていますか?

【周】コミュニティがファンの人たちに向けたものであるのに対して、CMでやりたいのは、まだ好きじゃない人たちにどう振り向いてもらうかです。世の中にはレモンサワーブランドがあまりにたくさんあって、一般の人からすると、どれがどれだか分からない。そういう方々が店頭に寄った時に「どこかで見たな」と思って手に取ってもらうためにあるのがCMだと思っています。

CMを作る時には広告代理店の方々と1ヶ月以上かけて内容を議論します。代理店の方もブランドを愛してくれているとは思いますが、そうは言っても、お客さまの本当のリアルなところまでは分からない。そんな時に立ち返るところとして機能するのが、ファンコミュニティです。

このコミュニティにはブランドを愛してくれている人たち、すなわち「ご機嫌晩酌」を体現してくれている人たちがすでにいらっしゃるわけです。その熱量をまだ飲んだことのない人たちに対してもぶつけていくというのが、僕らの必勝パターン。そういう形で、ファンコミュニティとCMを両輪として回していけるのが理想だと考えています。

RTDの気軽さを生かし、日常にちょっとした彩りを

——ここまでは主にブランド側から見たコミュニティの価値について伺ってきました。しかしお客さまから見た価値がそこになければ、人が集まることはありません。お客さまが「頻繁にここに来たい」「つながり続けたい」と思うような動機をどのように設計していますか?

【石光】「アルコールを体内に入れる」という目的だけでいうなら、どのレモンサワーでもビールでもいいことになってしまいます。差別化する上では、その先の価値をいかに作れるかが大事。その点、コミュニティはまさに「こだわり酒場だから味わえる」という体験価値を作っていける場なのではないかと思っています。

その一例として、ブランドの担当者である私たちとお客さまがオンラインで対面するイベントを何回か実施しました。制作の裏話など、当然こちらでもコンテンツを用意して臨みました。ただ、皆さんそれも楽しんでくれていたとは思うのですが、それ以上にファン同士のコミュニケーションを楽しんでいたように思います。

各々「こだわり酒場」を片手に、隣り合う人同士で自発的にお酒の場を作り出し、楽しく盛り上がる。それはまさに「酒場」のようでした。

——面白いですね。実際は一人飲み、家飲みでありながらも、そこがオンラインの酒場のように機能して、お酒を通じて人とつながる楽しさを味わえる場になっている。ボリュームゾーンが50代の男性というのも、その辺りと関係しているのでしょうか。

【周】そうかもしれません。今の世の中はそこまで明るい話題ばかりではないですし、個人の日常としても、毎日そこまで代わり映えするものではないという側面がある。そんな彼らの日常に対して、コミュニティを通じてちょっとした変化をもたらすことができたなら、それは一つの価値として感じてもらえるのではないかと。

RTDがビールやウイスキーと一番違うのは気軽さ、手軽さです。毎週のように新商品が出て、100円、150円出せば先週とは別の楽しさを味わえる。それがこのカテゴリの良さだと思っています。ですから、このコミュニティも肩肘張ることなく、「何か面白いことがないかな」くらいの気軽な感覚で訪れてもらうというのでいい。ただし、「一度のれんをくぐったら必ずご機嫌になれる」という場所を目指していきたいです。

ブランドを作ってくれた「酒場」へ恩返ししたい

——最後に、コミュニティも含めたお客さまとのコミュニケーションに関して、今後の展望を教えてください。

【周】「こだわり酒場」はその名の通り、酒場から生まれた商品だと思っています。飲食店さんが昭和初期から長い期間をかけて作ってきてくれた「酒場」のイメージというものがある。それを体現することで成り立っているのが「こだわり酒場」というブランドです。ですから、ブランドとしての成長を追求することは今後も変わらないとしても、一番大切にしたいのは、このブランドを作ってくれた「酒場」にお返しすることです。

新型コロナウイルスの感染拡大により、飲食店の倒産率は2024年に過去最高になりました。若者のアルコール離れなども含め、今はお酒に対してネガティブな空気が漂っています。

ですが、お酒には本来「飲むとご機嫌になれる」「楽しい」「人とつながれる」といったポジティブな面もある。我々はそれを体現することで、このブランドから酒場を元気にしたい。日本中の飲食店、お酒を飲むさまざまな場所に携わる人々をポジティブにしていくことをやっていきたいです。もちろん我々の商品は家で飲んでもらうためのものですが、お客さまが本物の酒場に足を運ぶきっかけになれば、それも本望です。

そのことが「こだわり酒場」というブランドを今後5年、10年と存続する上でも大切になると思っています。チューハイと呼ばれる競合は世の中にたくさんありますが、それらはどれも「家で飲むお酒」。外につながる部分は我々にしかない強みです。日本独特の酒場文化の価値を上げていくことは、このブランドを唯一無二のものにし、お客さまの共感を呼ぶことになる。そこに向けていろいろなことをしていきたいです。

——コミュニティ担当として、石光さんは?

【石光】そもそもお酒を飲む人が減っていると言われる中、「こだわり酒場」は「お酒があるとご機嫌になれる」「ポジティブになれる」「人とつながれる」というところを背負うブランドになるのではないかと思っています。ですから、「お酒ってこんなにポジティブなものなんだよ」ということを既存のお客さまはもちろん、世の中に対しても伝えていけるような場所にしていきたいです。

個人的にも「友達がやっていたから」「勧められたから」という理由で「私もやってみよう」となる機会がすごく多いので、ファンコミュニケーション、コミュニティの重要度は今後どんどん増していくだろうという肌感があります。コミュニティで生まれた熱をどんどん広げていけるようにがんばります。

インタビュー後記
「PRM実践企業訪問」 第8回は、サントリー株式会社さまにお伺いしました。
これまで、このインタビューシリーズでお伺いした企業は、企業ブランドやカテゴリーをテーマにしたコミュニティを運営されている例が多かったですが、今回の『こだわり酒場ファン倶楽部』は純然たるブランドコミュニティです。さらに、サントリーさまと言えばテレビCMも積極的に活用する企業ですし、こだわり酒場ブランドのCMも良く目にします。ブランド育成に対するコミュニティの貢献やCMとの相乗効果について、サントリーさまが、どのようにお考えになっているのかは、とても興味があるところでした。
あまたあるレモンサワーの中で、「こだわり酒場」を手に取って貰うためのCMと、既にブランドのファンになっている方の周りに新たなファンをつくることを目指すコミュニティ、というブランド強化の両輪の仕組みに納得です。
スマートフォンやデジタルOOH、リテールメディアなどの生活者を取りまく多様なメディア接点と情報の洪水の中で、自社から発信する情報を受け取っていただくことが難しくなっている現在、企業やブランドにとっては顧客から能動的につながり続けたいと思わせるような動機作りが大切です。『こだわり酒場ファン倶楽部』では、自宅でたった一人でも、レモンサワー片手にスマホに向き合えば、まさに酒場で隣り合ったように話が盛り上がります。お客さま同士のコミュニケーションが楽しめる場を提供するための工夫が随所にあり、また訪れたいと思わせるところが素晴らしいと思いました。
サントリーさんは、コロナ禍の中で、「人生には、飲食店がいる。」という応援メッセージで、窮状にある飲食店を応援するキャンペーンを繰り広げてきました。「こだわり酒場」は正にその真ん中にあるブランドであり、家飲みと酒場をつなぎ、飲むことの楽しさを広げていくことをミッションとしています。そのための様々な知恵を授けてくれるのも、このコミュニティの役割なのでしょう。
顧客の声からインサイトを発見するというコミュニティ活用をされている企業は多いかと思いますが、2030年までにRTDカテゴリーで世界1位を目指す、を旗印に掲げるサントリーさまが試みている、気軽に、そして手軽に手に取って楽しめるRTDの良さをバーチャルな酒場でお客さま視点から教えて頂くというコミュニティ活用は見習うべき点かと思います。(インタビュアー/石井 龍夫)
イーライフ エグゼクティブ アドバイザー 石井 龍夫
花王株式会社にて14年間、数々のブランドマネージャーを歴任。新規事業としてアジエンスも立ち上げ。2003年からweb活用戦略立案・企画運営に携わり、デジタルマーケティングセンターを設立。センター長としてデジタルマーケティング活動を統括。2017年イーライフ エグゼクティブ アドバイザー就任。
早稲田大学 大学院経営管理研究科 非常勤講師、日本マーケティング協会マーケティングマイスター、日本アドバタイザーズ協会デジタルメディア委員会 委員、広告電通賞ブランドエクスペリエンス部門 審査委員長、C Channel株式会社監査役に携わる、マーケティングの第一人者。

(構成/鈴木 陸夫)

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