コミュニティサイトは一日にしてならず。「広さより深さ」の対話はカゴメ創業以来の企業文化だった


ファンマーケティング、D2Cなど言葉はさまざまだが、いま顧客と直接つながろうとする企業が増えている。この連載では、コミュニティをはじめとするPRM(パートナー・リレーションシップ・マネジメント)を実践するパートナー企業への連続インタビューにより、「なぜ直接つながる必要があるのか」「それに伴い企業は何を改める必要があるのか」を明らかにする。インタビュアーは花王で長らくブランドマーケティングに携わってきた弊社エグゼクティブ アドバイザーの石井 龍夫が務める。


コミュニティサイトの成功例として度々取り上げられるのがカゴメが運営する「&KAGOME」です。

2015年4月に開設し、10年目の現在は会員数が6万人まで成長。この間、集客目的のキャンペーンは一度も行っていないといいます。アクティブ率は10%超と現在も活発なコミュニティです。

しかし、こうした数字はすべて結果であって、“中の人”が大切にしていることは別にあるといいます。同社マーケティング本部広告部宣伝グループの久森匡子さん、田口るみこさんは口を揃えて、大切にしているのは「周りの環境への感謝」であり「目の前のお客さまに丁寧に接すること」、コミュニティを盛り上げてくれる会員は「志を共にする仲間、という感覚に近い」と話します。

経済活動とは相容れない綺麗事のようにも聞こえますが、話を聞いていくうちにそれこそがコミュニティ施策の肝であり、カゴメにおいてはコミュニティ立ち上げ以前から続く企業文化であることがわかってきます。

「感謝」「自然」「開かれた企業」

——サードパーティクッキーが使えなくなることなどを背景に、お客さまと直接つながることの必要性を感じた企業がコミュニティ施策に走る流れがあります。けれどもコミュニティの先駆企業であるカゴメはそうした企業とは一線を画すように見える。「ファン株主」(注)の取り組みに象徴されるように、「お客さまとつながる」のは「&KAGOME」の立ち上げ前から一貫した企業姿勢なのではないかということです。この仮説の真偽も含めて、御社がどういう意図でお客さまとの接点作りに取り組んでいるのか伺えますか?
(注)カゴメでは個人株主を、親しみを込めて「ファン株主」と呼んでいる

【久森】ご存じのように、カゴメという会社はもともと農家から始まりました。創業者の蟹江一太郎が西洋野菜を持ち帰り、自分の土地で育てて販売し始めたのがその興りです。野菜という生きたものを扱う商売ということもあり、創業当時から自然を含めた周りの環境への感謝が根底にありました。そうしてできた企業なので、理念にも「感謝」「自然」「開かれた企業」を掲げています。

カゴメという社名になった経緯が象徴的です。もともとの社名は愛知トマト製造合資會社でしたが、当時野菜の収穫に使用していた竹籠の「籠の目」を会社のマークとして使用しており、お客さまからは「カゴメさん」という愛称で親しまれていたようです。そこから付けられたのが現在の社名。昔からそれだけお客さまとの接点・近さがあったということだと思います。

その流れの中にあるのが2001年に始まった「ファン株主構想」です。当時はまだ個人株主は今ほど一般的ではなかったのですが、我々のことを一番知ってくれているお客さまに株主になってもらったらどうか、ということで、この制度を始めました。現在では株主の99%が個人株主です。そうした方々を畑に招いて収穫体験をしてもらうなど、いわゆるファンミーティングのような直接対話する機会を積み重ねてきました。

そこからさらに発展し、株主に限らないお客さまにまで広げたのが「&KAGOME」です。つまり「お客さまとのコミュニケーションを大事にする」というのは創業時からずっと一貫して取り組んできたことなのだと思います。

カゴメ株式会社 マーケティング本部広告部宣伝グループ 課長 久森匡子氏

——やはりファンを大事にするのはコミュニティ以前から続く企業文化であると。コミュニティサイトには「それが売上につながるのか?」という批判がつきものですが、御社でもそういう議論がありますか?

【久森】直近の調査では、私達が定義するファンの方は一般の方と比べて年間の購買金額が10倍程度大きいというデータが出ています。投資をしている以上どのように売上に貢献しているのかを数字で示すことは、弊社でも当然のように求められます。より精緻に効果を示せるよう、「&KAGOME」の会員さまの実態把握も含めて現在進行形で試行錯誤を続けているところです。

ただ「カゴメを好きな人を増やすことが結果的に企業成長につながる」という考え方自体が否定されることはないように思います。

——コミュニティ施策に継続的に取り組むには、その価値をトップにも正しく理解してもらう必要があります。御社の場合は組織の上から下まで必要な考え方が根付いていて、そこがクリアされている。だからうまく回っているのでしょうね。

点の関係を線に変えた「トマコミ」

——御社のCMの「自然を、おいしく、楽しく。カゴメ、カゴメ♪」というサウンドロゴがもともとお客さまのアイデアだったというのは有名な話です。他にも新商品や新しいパッケージデザインが「&KAGOME」から生まれています。共創という観点でコミュニティにはどのような期待をしていますか?

【田口】「&KAGOME」はカゴメのオウンドメディアや各種コンテンツの中でも、お客さまと対話をして何かものを作ったりアウトプットしたりすることが最もしやすい場所だと思います。今は主にマーケティング担当が「ものづくりのアイデアをもらう」「出来上がったものに対する意見をもらう」といった形で活用しています。今後はたとえば営業チームが会員さんと「売り方を一緒に考える」とか、研究部門が会員さんと「研究テーマや商品開発をイチから一緒にやってみる」といった活用の仕方もできるといいですね。他の部門もどんどん巻き込んで新しい活用を広げていきたいです。そのような取り組みが、社内への貢献となるだけでなく、お客さまにとって思い出深い体験となり、商品への愛着やカゴメへの思い入れにつながると考えています。

先ほど「年間の購買金額にどれだけつながっているか」というお話がありましたが、コミュニティはお客さまと長期的に付き合うことが前提の施策であり、短期的な売上よりもLTVにどうつなげるかを基本に考えています。となると、いかに離脱させずに、店頭に行く前からカゴメ商品を選んでもらえるようなファンで居続けてもらえるかが重要です。共創企画もそうしたマインドを醸成する手段の一つと捉えています。

カゴメ株式会社 マーケティング本部広告部宣伝グループ 田口るみこ氏

——コミュニティの成功には、企業とお客さまの対話だけでなく、お客さま同士の対話がカギになります。「&KAGOME」はアクティブ率が10%超とそれに成功しているようです。お客さま同士の対話を盛り上げるためにやっていることは?

【田口】さまざまなコンテンツがありますが、中でもお客さま同士の交流が最も盛り上がっているのが「トマコミ」です。当社では以前からトマト苗のプレゼント企画を行ってきました。この企画には、約半年にわたる長期間の栽培体験を通して、トマトが生長する喜びや野菜への親しみを持ち、野菜をおいしく楽しく身近に感じていただきたいという当社の想いが込められています。結果的に、カゴメ商品への関心やカゴメを身近に感じていただくことにもつながっていると思います。「トマコミ」はそんなプレゼントをはじめとする、トマト苗を栽培している人たちが「こんな感じで育てているよ」と写真付きで投稿し、交流する場。ある人が悩みを投稿すると、別の人が「こうしてみるといいかも」といった形で回答し、自然と交流が生まれます。もちろん専門的見地から我々が回答することもあり、そうするとさらに盛り上がるという良い状態ができています。

——苗の配布自体はもともとやっていたことだったけれど、「トマコミ」という場を設けたことで、お客さまと長期で継続的な接点を持つことになったわけですね。

【田口】プレゼントしているトマト苗は現在複数の種類があり、その一つに「凛々子®」というジュース用トマトの苗があります。中玉で少々難易度は高いのですが、栽培の難しさや苦労を知り、原料や商品への関心が湧いて「工場見学に行ってみたい」と思ってくださる方もいます。また、初心者向けのミニトマト品種も提供しており、栽培に初めてチャレンジする会員さんも毎年多くいらっしゃいます。トマト苗の栽培を起点に、当社との接点が増えたり、初心者もベテランの方も誰もが同じ空間で栽培に関する楽しい時間を共有したりできることが「トマコミ」の価値であり、そのような継続的なコミュニケーションが、揺るがない企業への思い入れにもつながっていくと思います。

——共創というと商品開発やパッケージデザインといったものを思い浮かべてしまいますが、「こんなに手間がかかっているのか」「栽培って楽しい!」というのを体感してもらうことで、商品や企業への思い入れを深めてもらう。素晴らしいアイデアだと思いました。

「トマコミ」には、うまく育たなくてガッカリした気持ちや悩みを投稿するテーマも用意されている

お客さまというより、志を共にする仲間

——「苗を育てる」というのはリアルな体験ですが、オンラインで完結せずにオフラインの体験を設計することは意識してやっていることですか?

【田口】そうですね。「&KAGOME」ではサイト内でのコミュニケーションだけでなく、オンラインイベント、オフラインイベントも定期的に実施しています。オンラインイベントのいいところは多くの人に広く届けられ、会員とカゴメが同じ時間を共有する中で、会員同士のコミュニケーションも活発にみられること。オンラインイベントでは1時間で2000件を超えるチャットが書き込まれ一体感が生まれます。その結果、その後のサイト内でさらに多くの会員同士のコミュニケーションが活発になる良い循環が生まれています。

一方で、リアルの接点は、当然ではありますがより深い体験をもたらします。「今日来てくれたからできる貴重な体験」がみんなでできる場として意識し設計しています。通常だと試飲できない加工原料が試飲できたり、にんじんジュースの原料となるにんじんの収穫をしてその場でみずみずしくて甘いとれたてにんじんをみんなで試食したり。心に残るし、それこそ一生の思い出になることだってある。そんな体験から、店頭に行く前からカゴメを選んでくださるようなマインドやLTVを上げることにもつながると思っています。

そもそも「リアルの接点を大事にする」というのも「&KAGOME」ができるより前から続けてきたことです。たとえば株主さまや取引先の方を工場にお連れして、ものづくりのこだわりを知っていただく機会を作ってきたことがそのひとつです。1回にお連れできるのは20人程度の少人数ですが、そこから家族や友人、SNSなど、熱量が周りに広がっていくため、少数であっても「揺るがないカゴメファン」を生み出すために濃厚な接点を作ることにはそれだけの価値があると思っています。

——今人数の話が出ましたが、そこも多くの企業のコミュニティ施策担当者が悩んでいるポイントです。「コミュニティはN数が少ない」「だから意味がない」と言われることがある。でもそうではないということですね。

【久森】店頭でトマト苗を配るキャンペーンなども、当社では昔から社員総出で行ってきました。効率とか数を問われることはあまりない。それよりも自分たちがお客さまと接し、何を語り、何を感じるかが大事だと言われます。数を追うより、目の前のお客さまに対して丁寧に接することを大事にする。これはカゴメの社風と言えるのかもしれないです。

——ところで、先ほどからお二人とも「お客さま」と呼んでいますよね。「顧客」「消費者」などお客さまの呼称はいろいろありますが、私は常々そこにスタンスが表れると思っているんです。そこでお聞きしたいのですが、コミュニティに参加してくれる人たちをどういうスタンスで迎えていますか?

【田口】呼称としては「お客さま」ですが、私は「同志」や「仲間」という意識で接しています。というのも、私自身もカゴメの理念に共感し商品や人が大好きな、カゴメファンの一人です。「&KAGOME」に集まってくれている人たちもそれと同じように、どんな状況にあっても常にカゴメを好きでいてくれて、フォローしてくれるような存在だと思っています。

【久森】田口の言うように、カゴメにはカゴメのことが好きな社員が多いんです。なぜそうなのかと時々考えるのですが、思うに、私たちの扱っている商品やサービスがお客さまの健康的な生活を応援する側面があるからではないかと。だから、わたしたちの活動や商品に好意を持ってくださった方にはその良さを心の底から伝えたいと思うのでしょう。私自身も「買ってほしい」というより「一緒により良くなっていきましょう」というスタンスで価値を伝えている気がします。

——上流と下流、メーカーと消費者という関係ではなく、対等な関係にあるということですね。弊社ではそれを「パートナー」と呼んでいますが、それがコミュニティを運営する上で最も大切なことだと考えています。「直接つながらないと商売にならない時代だからつながる」のではなく、まず対等な関係がベースとしてあり、その結果としていいコミュニティができる。今のようなお話が自然と出てくることに、「&KAGOME」がうまくいっている一番の理由があるように思います。

顧客と企業との関係性のあり方について語る、イーライフ エグゼクティブ アドバイザー 石井龍夫

コミュニティが社員を育てる

——とてもうまくいっているように見える「&KAGOME」ですが、課題はありますか?

【田口】もちろんたくさんありますよ!そのひとつには、せっかく「&KAGOME」という場がありながら、お客さまの声を聞いて企画開発に生かしている事例がまだまだ限定的なことです。現在は「&KAGOME」をよく理解しているマーケターや親和性のあるブランド関与者を中心に連携していますが、もっともっと双方にとって有益な共創の余地があると思っています。そのためには、お客さまの声をリアルタイムに聞きながら具現化するフローを仕組み化したいです。

マーケ業界の方々からはコミュニティサイトの成功例としてよく取り上げていただいているのですが、社内の認知はまだまだ理想には及ばず、もっと上げていかなければなりません。これだけ熱量の高い人が集まる場所はなかなかなく、本当に素晴らしい資産だと思っています。前述のようなマーケティング活用もそうですし、「&KAGOME」のお客さまと触れ合い対話することは、社員がカゴメをさらに好きになる機会につながったり、もっと自分の業務に励んでいこうというモチベーションになったりもします。様々な視点で良い循環を生むために社内の認知を上げ連携していくことが課題です。

【久森】現状はファンマーケティングを主管として推進している部門とそうでない部門による理解や温度に違いがある状態だと感じています。求められている優先課題やKPIが違うことが大きな要因ですが、そうではなく、「全社員がマーケター」という気持ちでお客さまの声を仕事に落とし込める会社にしたいです。そのためにはオウンドメディアのあり方や組織体系等も再検討していく必要があると考えています。一朝一夕にはいかないですが、一番の課題と考えて取り組んでいるところです。

——でもその課題に気づけているのは大きいと思いますし、何より御社には「お客さまとのコミュニケーションを大事にする」ことが企業文化として根付いている。そのことを今日はお話の端々から感じました。大変な仕事ではあるでしょうが、それがあれば変わっていけるのではないですか。

【久森】私が新入社員の頃は入社してすぐに半年間の研修がありました。営業所にも行きましたし、私は営業配属のため工場で働くことはおそらく今後もないのですが、それでも夏には2カ月間、野菜飲料を作る工場の生産現場に入ってものづくりの姿勢を叩き込まれました。でも今はそこまで密にカゴメの価値を体感できる研修をしていないようです。

また、以前は社内で雑談をするような機会から、先輩社員の経験や考えを知ることもありましたが、コロナ禍を経てそうした機会も減っています。今こそ、カゴメの独自価値や企業文化をより理解するためのインナーブランディングが必要だと強く感じています。

——お客さまとコミュニケーションすべき背景を理解している社員をさらに増やしていく必要があるということですね。伝統、企業文化が伝承されにくくなっているというのはいろいろな会社で起きている問題です。でも、もしかしたら「&KAGOME」のようなコミュニティがその問題を解決するカギになるかも知れないですよね。なぜならそこに集まっているお客さまは、場合によっては社員以上にカゴメを知っている存在なわけだから。コミュニティには売上やLTVへの貢献だけではなく、パートナー化したお客さまに向き合うことで外から見た自社の存在意義に改めて気づく、という社員に還元する価値も絶対にあると思うので、そういう利用法もぜひ考えてほしいですね。

インタビュー後記
「PRM実践企業訪問」 第5回は、ファンマーケティングの成功例として良く取り上げられる「&KAGOME」を運営されているカゴメ株式会社さまを訪問させていただきました。
私は日頃から、DXは激しく変化する事業環境に適合するための企業のビジネスモデルの変革であり全社事なので、実現するためには小手先ではなく、過去の成功事例に根差した企業文化そのものから見直さなくてはならないと考えています。
カゴメさんには、お客さまと真剣に向き合い、共に価値を創り出していくという企業文化があるからこそ、ファンマーケティングやコミュニティ運営も、成果を出しているのでしょう。
コミュニティ参加者の声を引き出す運営の仕方や、オンラインオフラインの相互活用、そして共創を促す仕組みなど様々な工夫はあるとは思いますが、最も大事なのは、お客さまと向き合う姿勢なのだと感じました。
一方で、カゴメさんですら悩まれている、「コミュニティに対する全社での理解と活用」という課題に関しても、久森さんが仰っているとおり、コミュニティでつながるお客さまを中心に置き、全社員がマーケターという意識でお客さまの声を仕事に落とし込むことが出来るようになれば、お客さまや社会との価値の共創という本質的なDXの推進が始まるのでは無いかと感じました。(インタビュアー/石井 龍夫)
イーライフ エグゼクティブ アドバイザー 石井 龍夫
花王株式会社にて14年間、数々のブランドマネージャーを歴任。新規事業としてアジエンスも立ち上げ。2003年からweb活用戦略立案・企画運営に携わり、デジタルマーケティングセンターを設立。センター長としてデジタルマーケティング活動を統括。2017年イーライフ エグゼクティブ アドバイザー就任。
早稲田大学 大学院経営管理研究科 非常勤講師、日本マーケティング協会マーケティングマイスター、日本アドバタイザーズ協会デジタルメディア委員会 委員、広告電通賞ブランドエクスペリエンス部門 審査委員長、C Channel株式会社監査役に携わる、マーケティングの第一人者。

(構成/鈴木 陸夫)