AI時代、マーケティングは「モロッコの絨毯売り」に帰結する
本日の語り手
代表取締役CEO 藤原 誠一郎 金融商品のマーケティング、ベンチャーキャピタル設立を経て、1999年イーライフを設立。 趣味はマリンスポーツ・スノースポーツ。愛犬家。 |
こんにちは、イーライフ代表取締役CEOの藤原です。
弊社は現在、ビジネスの中心を完全にAIへとシフトし、自分たちを「AIカンパニー」と呼んでいます。僕自身も、OpenAIのChatGPT、AnthropicのClaude、GoogleのGeminiなど、複数のAIを日常的に使い比べています。
いずれも大規模言語モデルという共通した技術を使い、同じ研究の蓄積の上に成り立っています。にもかかわらず、それぞれと会話していると、返ってくる内容や言葉の選び方、ものの考え方に違いがある。ChatGPTらしさ、Claudeらしさ、Geminiらしさと呼びたくなるような、ある種の人格や人間臭さを感じるのです。
学習に使われたデータ、人間による調整、開発企業の方針など、さまざまな要素が影響しているのでしょう。作り手の思想や文化が、AIの振る舞いにも表れているのかもしれません。
さて、僕らはマーケティングを中心にやってきた会社です。ですからここで考えたいのは、こうしたAIの存在が、これからのマーケティングをどのように変えるのか、です。
AIOは本当にマーケティングの本丸なのか
AIに関心の高いマーケターが集まるコミュニティでは、いま「AIO」が中心的な話題になっています。呼び方はまだ統一されておらず、GEOやAEOと呼ばれることもありますが、簡単に言えばSEOのAI版です。
消費者がAIに「こういう商品が欲しい」と聞いたとき、どうすれば自社の商品を回答に含めてもらえるか。どうすればAIに自社のサイトや情報を参照してもらえるか。そのためにコンテンツやデータを最適化しようという考えです。
もちろん、AIが正確に読み取れるように商品情報を整備すること自体は必要です。AIOが無意味だと言うつもりもありません。
ただ、僕は以前からSEOがあまり好きではありません。そして、同じ理由でAIOにも少し違和感があります。
検索結果やAIの回答を、自分たちに都合のいい方向へ動かそうとしているように感じるからです。アルゴリズムの傾向を分析し、それに合わせて表現を変えたところで、大元のアルゴリズムが変われば、また右往左往することになります。
それより先に考えるべきなのは、AIの登場によって消費者の行動そのものがどう変わるかではないでしょうか。
AIが企業と消費者の間に入る
基本的に消費者は今後、自分が何を買うべきかをAIに聞くようになると、僕は考えています。一部では、すでにその変化が始まっています。
ChatGPTでは、条件を伝えて商品を探し、複数の商品を比較し、自分に合ったものを絞り込めるようになっています。企業側が商品フィードを提供し、AIが価格や在庫、レビューなどの情報を参照しながら商品を提案する仕組みも整備されつつあります。
現時点では購入そのものは企業のサイトやアプリで行うのが基本ですが、今後AIエージェントの能力が高まれば、商品を探し、比較し、購入するところまでをAIが担うようになっても不思議ではありません。
つまり、AIが企業と消費者の間の仲介者になるということです。僕はこれを「AI-intermediated Marketing」、日本語にするなら「AI仲介型マーケティング」と呼びたいと思っています。
広告をはじめとする従来のマーケティングでは、最終購入者である人間にどう働きかけるかを考えてきました。どのような広告を打てば、人がこちらの期待する反応を示してくれるか。どのタレントを起用すれば興味を持ってくれるか。どのようなウェブサイトなら魅力的に感じてもらえるか。アンケートなどの調査も、当然ながら人に対して行ってきました。
しかし、企業と消費者の間にAIが入れば、マーケティングには「対人間」に加えて「対AI」という視点が必要になります。
人間にとって美しいウェブサイトを作ることや、人気のタレントを起用することが、すぐに無意味になるわけではありません。ただし、それだけではAIがその商品を誰かに勧める理由にはならないでしょう。AIが重視するのは、商品にどのような特徴があり、誰がどのように使い、どのような結果を得たのかという具体的な情報だからです。
将来的には、人間が見るためのウェブサイトとは別に、AIが読み取るためのデータのほうが、企業と市場をつなぐ主要な接点になるかもしれません。さらに極端な未来を想像するなら、ウェブサイトが「人に見てもらうもの」という前提さえ失い、機械が読み取るためのコードとデータが並ぶ場所になる可能性もあります。
AIが「本人以上に本人を知る」ようになる
もう一つ、大きな変化があります。AIが、使っている人のことをよく覚えるようになってきたことです。
ChatGPTやClaudeには、過去の会話からユーザーの情報や好み、仕事上の文脈などを引き継ぐメモリ機能があります。僕自身、自分のメモリを見て、「こんなことまで話しただろうか」と驚くことがあります。もちろん、ユーザーは内容を確認したり、修正したり、削除したりできます。それでも、使えば使うほど、AIがその人のことを深く理解していく方向に進んでいるのは間違いありません。
趣味、好み、家族構成、仕事、生活スタイル、過去に何を買い、それをどう評価したか。そうした情報が蓄積されていけば、AIはやがて、本人が自覚している以上にその人のことを理解するようになるかもしれません。
今後、イヤホンをはじめとするウェアラブルデバイスがさらに普及すれば、24時間365日の行動がデータとして蓄積される可能性もあります。そうなればAIは、こちらから質問されるのを待つ必要すらありません。
「そろそろこの商品を買い替える時期です」
「いまの生活スタイルなら、次はこちらの商品が合っています」
そんなふうに、AIの側から消費者を買い物へと導くようになるでしょう。
車や家などの高価なもの、その人が特別なこだわりを持っているものについては、最後まで人間が悩み、判断するかもしれません。しかし、日用品や消耗品については、AIの提案をほとんどそのまま受け入れる人が増えていくように思います。
AIに選んでもらうために必要なのはVOC
では、消費者一人ひとりを熟知したAIに、自社の商品やサービスを適切にマッチングしてもらうためには、企業は何を蓄えるべきなのでしょうか。
僕は結局のところ、「Voice of Customer」(以下、VOC)、実際に商品を使った人の声が最も重要になると考えています。
商品情報には、サイズや容量、素材、機能などの事実が記されています。それらも当然必要です。しかし、その商品がある人の生活の中で実際にどう機能したのかは、商品情報だけではわかりません。
子どものいる家庭ではどうだったのか。一人暮らしの人には使い切れる量だったのか。忙しい朝に使いやすかったのか。肌の弱い人にはどうだったのか。レビューやSNSへの投稿、コミュニティ内での会話には、そうした具体的な生活の文脈が含まれています。
AIが得意としている仕事の一つは、大量の情報の中から関連性の高いものを見つけ出すことです。AIがある消費者の生活や好みを知っているなら、その人と似た状況にある誰かのVOCを見つけ、商品を勧める根拠として使うことができます。
以前のマーケティングでは、消費者を年齢や性別などで大きくくくり、「クラスター」として捉えてきました。けれどもAI仲介型マーケティングでは、千差万別のVOCと千差万別の消費者とを、1対1で結びつけることが可能になります。
ここで大切なのは、企業に都合のいい声ばかりを大量に作ることではありません。
たとえば「香りが強すぎた」という否定的なレビューも、強い香りが好きな人にとっては購入のきっかけになり、香りに敏感な人にとっては失敗を避けるための有益な情報になります。AIによる精度の高いマッチングに必要なのは、肯定的な声だけではなく、多様で真正な実体験です。
だから企業は、できるだけ多様な人に商品やサービスを体験してもらい、その体験が言葉として残る環境を作る必要があります。
ようやくコミュニティに蓄積された声が生きる
たまたまと言えば、たまたまです。
けれども、僕らイーライフが創業以来取り組んできた「コミュニティ」は、まさにそのための仕組みでした。企業と消費者が継続的に関わる場を作り、そこで生まれるVOCを集める。僕らはこれまでずっと、そうした仕事をしてきました。
ただし、これまでは、せっかく集めたVOCをどう活用するかという点に、もどかしさがありました。
何千、何万という声があっても、企業の担当者がそのすべてを仔細に読むことはできません。商品開発や広告表現に活用しようとしても、最終的には似た意見をまとめ、いくつかのクラスターや「代表的な声」として扱うしかありませんでした。
Amazonなどでは、大量のレビューをAIで要約する機能がすでに提供されています。とても便利な機能ですが、要約とは、ばらばらの意見を平均化することでもあります。多数派ではない、一人だけの特殊な体験は、要約の過程でこぼれ落ちるかもしれません。
しかし、AIが消費者一人ひとりに合わせてVOCを探せるようになれば、無理に平均化する必要はありません。何万人分もの声を人間とは比較にならない速度で読み、その人にとって意味のある一つの体験を見つけ出すことができるからです。
売り手と買い手の1対1マーケティングは、僕にとって長年の理想でした。AIの登場によって、ずっとやりたかったことがようやく実現する。そんな感覚があります。
これまでやってきたことが、そのままAI時代に生きるという意味では、僕らはとてもラッキーだったのかもしれません。
モロッコの絨毯売りの世界へ
ずいぶん前のことですが、モロッコへ絨毯を買いに行ったことがあります。
たくさんの絨毯が置かれた店に入り、どれを買おうかと見始めると、店主が「まあまあ、まずはミントティーでも一杯」と勧めてきました。
ミントティーを飲みながら、どんなものが好きなのか、どんな場所で使うのかといったことを話します。すると店主は、その日は絨毯を売らず、「また明日来なさい」と言うのです。
翌日、再び店を訪れると、前日とは違う絨毯が並んでいます。それを見ながらまた話をすると、「では、また明日」と言われる。それを何日も繰り返し、1週間ほど経って、ようやく本当に欲しいと思える絨毯を買うことができました。
店主は、僕をすぐに説得して、目の前にあるものを売ろうとはしませんでした。対話を重ねながら僕の好みを理解し、膨大な商品の中から、僕に合うものを探してくれたのです。

こういうやりとりこそが、マーケティングの本質であり、理想的な買い物ではないかと、僕はずっと思ってきました。
テレビでタレントが歌って踊るCMが流れ、GRPという言葉が使われていた時代から、インターネットの登場によって、僕らは少しずつその世界に近づいてきました。そしてAIの登場により、ようやくモロッコの絨毯売りにかなり近いことを、一人ひとりの消費者に対して実現できるようになるかもしれません。
誰が「絨毯売り」を握るのか
一方で、懸念もあります。
企業と消費者のマッチングを、少数の巨大AI企業にすべて委ねていいのかという問題です。
AIが消費者本人以上にその人を理解し、何を買うかまで決めるようになれば、そこには非常に大きな力が生まれます。そのAIは、本当に消費者のために商品を選んでいるのか。それとも、AIを運営する企業にとって都合のいい商品を選んでいるのか。消費者からは、その違いが見えにくくなる可能性があります。
AIエージェントが、本人の知らないところで商品を比較し、購入まで済ませる未来もあり得ます。それは便利であると同時に、少し怖いことでもあります。
一つのプラットフォームにすべてを握られないよう、個人も企業も「自分たちの領域」をどう守り、どう構築するかが極めて重要になってきます。
これは法律や国際ルールだけで解決できる問題ではありません。最終的には、テクノロジーによって自分たちの領域を確保するしかないと僕は考えています。
たとえば企業側であれば、パブリックなクラウドにすべてを預けるのではなく、外部と遮断されたローカル環境でLLMを動かしたり、自社データ(VOC)を参照するRAGの仕組みを閉じた環境で構築したりするアプローチがすでに始まっています。個人であれば、自身の行動履歴や好みのメモリを大手AI本体から分離し、手元で安全に管理するようなソリューションが出てくるでしょう。
さらに言えば、AIエージェントの行動を何でも許可するのではなく、その「上層」に必ず参照すべき厳格なルールを設定し、適切なサンドボックス内で判断・実行させるガバナンスの仕組みも不可欠になります。
だからこそ、企業がいま取り組むべきなのは、単にAIの回答に自社名を出すためのSEO的な見せ方のテクニックではありません。
特定のプラットフォームに依存せず、自社と消費者の直接的な関係性を保つ「自前の領域」をテクノロジーで確保すること。そして、その領域の中で多様で真正なVOCを安全に蓄積し、コントロール可能な形でAIに手渡していく仕組みを作ることです。
AIに選ばれるためのアルゴリズム競争に終始するのではなく、AIが一人ひとりのために正しく選べるよう、「人間の生の声」を自前で豊かに蓄え、守り、受け渡していく。
時代がどれだけ変化しようと、僕らがやるべきことは変わりません。一人ひとりの声に耳を傾け、理想の「絨毯売り」を実現するための場を作り続けること。AI時代の到来は、僕らにとってその理想を証明する大きなチャンスだと予感しています。

代表取締役CEO 藤原 誠一郎